船橋最強の読書コラム第二弾は、幸田文「流れる」。
「没落しかかった芸者置屋」の日常を住み込みの女中の目から「詩情豊かに描く」と新潮社版の惹句は言いますが、「どぶのみじんこ、...」の出だしから、これが孤独な女主人公の都会派ハードボイルド小説であることに気づきます。「女中の休息というものは寝ているときを休息とは云えない。寝ているのだからである。...醒めて床のなかにいるあいだはこれが休息である。」
主人公は四十過ぎの未亡人、裕福な家の主婦であった過去を微塵も見せない新入りの女中。人に対する余分な優しさなど欠片も持たない華やかな芸者、そして彼女らに群がる悪党たち。哀愁を漂わせながらも元気よく立ち回る彼らに、主人公は鋭い洞察と機転、切れ味のいい行動力、そして勘所では目立たないでおく用心深さで立ち向かいます。生き残りと復活を賭けて戦う孤独な女を抜群の文章が追う。そう、確かにこれは「詩情豊か」なハードボイルドです。